「先生、整体に週2回通っているんですが、腰痛がなかなか治りません」。外来で、こうした相談を受けることがあります。整体に通い、鍼灸に通い、マッサージに通い。「治してもらう」ことに時間とお金を費やしている。でも、根本的には変わらない。
その患者さんに「運動を始めてみませんか」と提案すると、多くの場合、困惑した表情をされます。「治すのが先じゃないですか?」
「治す」と「鍛える」は対立しない
「治す」と「鍛える」は、対立するものではありません。補完し合うものです。
しかし、日本の医療とフィットネスの世界は、驚くほど分断されています。医師として、クロスフィッターとして、両方の世界を見てきた私が、この分断の正体と、その先にある可能性について書きます。
医療の側の問題。時間・教育・インセンティブ
まず、医療の側の問題です。
病院の外来で、運動の具体的な処方が行われることは、ほとんどありません。「適度な運動をしてください」。この言葉で終わるケースがほとんどです。
なぜか。理由は明確です。
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| 時間がない | 日本の外来診療の平均時間は約6分。運動処方を説明する時間はない |
| 教育されていない | 日本の医学教育に運動処方の体系的カリキュラムがほぼない |
| インセンティブがない | 保険診療では運動指導は診療報酬にほぼ反映されない |
第一に、時間がない。6分で主訴を聞き、診察し、検査を決め、薬を出す。運動の種類、頻度、強度、注意点を説明する時間は、物理的に残っていません。
第二に、教育されていない。日本の医学教育では、運動処方に関する体系的なカリキュラムはほとんどありません。卒前教育でも卒後教育でも、「運動を処方する」という概念自体が希薄です。医師は薬の処方には長けていますが、運動の処方となると、多くの医師が「素人」に近い状態です。
第三に、インセンティブがない。保険診療の枠組みでは、運動指導に対する報酬は限られています。生活習慣病管理料などの一部を除けば、「運動しましょう」とアドバイスしても、それは診療報酬に反映されません。病院は「病気を治す」ことで収益を得る構造になっています。第5回で書いた「健康な人が増えると困る構造」と、根は同じです。
フィットネスの側の課題
一方、フィットネスの側にも課題があります。
ジムのトレーナーは、医療の専門家ではありません。もちろん、優秀なトレーナーは解剖学や生理学の知識を持っています。しかし、医学的な判断。「この痛みは筋肉痛なのか、それとも組織の損傷なのか」「この症状は運動を続けてよいのか、中止すべきなのか」。を下す訓練を受けていない場合が多い。
私のジムでも、「痛みを我慢して続けた結果、ケガが悪化した」というケースを見たことがあります。体の不調を「根性で乗り越える」文化は、特に日本のスポーツ界に根深く残っています。
また、整骨院・整体院・鍼灸院との関係も複雑です。第18回で「整骨院は全国に5万軒、コンビニ並み」と書きました。年間3,000〜9,000億円が「治す」ことに費やされている。しかし、その多くは対症療法です。痛みを一時的に緩和することはできても、痛みの原因。筋力不足、可動域の低下、姿勢の問題。を解決しているわけではありません。
誤解のないように言えば、整骨院も鍼灸院も、適切な場面では大きな価値があります。急性期の痛みの管理、可動域改善のための手技、自律神経の調整。これらは運動だけではカバーできない領域です。問題は、「治してもらう」ことが目的化し、「自分で体を強くする」という発想に至らないケースが多いことです。
海外のモデル。Social Prescribingとアクレディテーション
では、理想的な関係はどうあるべきでしょうか。海外には、参考になるモデルがいくつかあります。
イギリスのNHS(国民保健サービス) では、「社会的処方(Social Prescribing)」という仕組みがあります。医師が薬だけでなく、運動プログラム、コミュニティ活動、ボランティアなどを「処方」する制度です[1]。2019年からNHS長期計画に正式に組み込まれ、2024年までにすべてのプライマリケアネットワークにリンクワーカー(社会的処方の専門職)が配置されることが目指されました。
オーストラリア では、Exercise & Sports Science Australia(ESSA)が認定する「Accredited Exercise Physiologist(認定運動生理学士)」が、医師からの紹介を受けて運動処方を行います[2]。メディケア(公的医療保険)の適用対象にもなっており、医療と運動が制度的に接続されています。
アメリカ では、American College of Sports Medicineが2007年から「Exercise is Medicine」キャンペーンを展開し、プライマリケアの場で身体活動を「バイタルサイン」の一つとして評価することを推奨しています[3]。来院時に「今週、何分運動しましたか?」と問診に組み込むだけで、運動の話題が臨床の場に自然に入ってくる。
日本でも、2024年にスポーツ庁が「運動・スポーツの処方箋」のあり方を検討し始めています。まだ制度としては途上ですが、方向性は明確になりつつあります。
理想の循環。「治す」から「強くなる」へ
私が理想だと考えるのは、こんな循環です。
病院で治す → ジムで鍛える → 病院に行かなくて済む体を作る。
整形外科医がリハビリの延長線上に運動療法を組み込む。精神科医が軽度のうつに運動を補助療法として提案する。産業医が健康経営の中に運動プログラムを設計する。ジムのトレーナーが、会員の異変に気づいたら医療機関への受診を勧める。
この循環が回り始めたら、医療の形は変わります。
「治す」と「鍛える」が対立ではなく、グラデーションでつながる。急性期は医療が主役、回復期はリハビリと運動が共同で主役、予防期は運動が主役。こうしたシームレスな連携が実現すれば、患者さんは「治してもらう」から「自分で強くなる」に移行できます。
「橋」のような存在でありたい
私自身が、この「橋」のような存在でありたいと思っています。
医師としてエビデンスを語れる。クロスフィッターとして体験を語れる。両方の世界の言葉がわかる。この連載を書いている理由の一つは、医療とフィットネスの間にある溝を、少しでも埋めたいからです。
病院の待合室で「運動しなさい」と言われて困惑している患者さんに、「具体的に何をすればいいか」を伝えられる人がもっと増えてほしい。ジムで異変を感じているのに「大丈夫だろう」と放置している人に、「一度病院で診てもらったほうがいい」と言えるトレーナーが増えてほしい。
「治す」と「鍛える」は、同じ方向を向いています。 あなたの体を、より良い状態にすること。方法が違うだけです。
この章のポイント
- 日本の外来で運動処方がほぼ行われないのは、時間・教育・インセンティブという3つの構造的理由
- ジムの側も「根性で乗り越える」文化や「治してもらう依存」が残り、医療とフィットネスが分断されている
- イギリスの社会的処方、豪州の認定運動生理学士、米国のExercise is Medicine。海外には接続モデルがある
- 病院で治す→ジムで鍛える→病院に行かなくて済む体を作る。この循環が理想
参考文献 [1] NHS England. Social prescribing. 2023. [2] Exercise & Sports Science Australia (ESSA). Accredited Exercise Physiologist Scope of Practice. 2022. [3] American College of Sports Medicine. Exercise is Medicine: A Global Health Initiative. 2023.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第79回です。 前回 → 第78回「運動できない人もいる」