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自分の体で生まれて、自分の体以外になれない

この連載のタイトルは「なぜ動く人は、幸せそうなのか」です。第3部の最後に、一番シンプルなことを書きます。

たった一つの「乗り物」

あなたは、自分の体で生まれました。そして、自分の体以外になることはできません。

一生、この体で過ごします。

これは当たり前のことのようで、多くの人が忘れていることです。私たちは日々、頭の中で。仕事のこと、人間関係のこと、将来のこと。を考えて暮らしています。身体はその間も黙々と機能してくれていますが、意識の中心にはめったに上がってきません。

哲学者のドリュー・レダーは、この現象を「身体の不在(the absent body)」と呼びました[1]。健康な時、私たちは自分の身体を「忘れて」います。胃が痛くなるまで胃の存在を意識しない。膝を壊すまで膝のありがたみを知らない。身体は、問題が起きて初めて「存在」を主張する。

しかし、運動をしている人は違います。毎日のトレーニングを通じて、自分の身体を「意識的に感じる」時間を持っています。今日は肩が硬い。先週より股関節の可動域が広がった。右足のふくらはぎが張っている。こうした微細な感覚を日常的にキャッチしている。

これは、身体との「対話」です。

一生で一台だけの車

車に例えてみましょう。

一生で一台だけの車を渡されたとします。買い替えはできません。壊れたら修理はできるけど、新車にはならない。

その車を、メンテナンスもせずに乗り続ける人はいるでしょうか。オイル交換もせず、タイヤも替えず、ぶつけても直さず。

でも、多くの人が自分の体に対して、まさにそれをやっています。

この比喩は単純に聞こえるかもしれませんが、医師として言わせてください。外来で診る患者さんの多くが、「もっと早く体のことを考えていれば」と言います。糖尿病が進行してから。腰痛が慢性化してから。高血圧の合併症が出てから。

予防医学の父と呼ばれるジェフリー・ローズは、「予防のパラドックス」を提唱しました[2]。個人にとっては小さなリスク軽減が、集団にとっては大きな疾病負担の軽減になる。毎日30分の運動は、個人レベルでは「ちょっと健康になった」くらいの実感かもしれません。しかし、国民全体が毎日30分動くようになったら、医療費は数兆円単位で削減されるでしょう。

しかし、この記事で言いたいのは医療経済の話ではありません。もっと個人的な、もっと根源的な話です。

「体の解像度」を上げる

第3回で「体の解像度は、意外と低い」と書きました。

毎日使っているのに、自分の体のことをほとんど知らない。何を食べると調子がいいのか。何時間寝ると回復するのか。どの筋肉が弱いのか。

知らないままでも、体は文句を言わずに動いてくれます。でも、いつか限界が来ます。その時に後悔しないために、今から知ろうとすること。

それが、「動く」ということの本質だと思っています。

「体の解像度」が上がると、生活のあらゆる場面で判断の質が変わります。

「今日は疲れているから、無理せず軽めのトレーニングにしよう」。これは「サボり」ではなく、自分の体の状態を正確に把握した上での合理的な判断です。

「最近カフェインを取りすぎているな。睡眠の質が落ちている気がする」。これは、体の微細な変化に気づける「解像度」があるからこそできる気づきです。

内受容感覚(interoception)。自分の体の内部状態を感じ取る能力。は、研究者の間で注目されている分野です[3]。心拍を正確に感じ取れる人(内受容感覚が高い人)は、感情の認識能力が高く、意思決定の質も高いことが報告されています。つまり、「体を感じる力」は「よく生きる力」と直結しているのです。

運動は、この内受容感覚を鍛える最も効果的な方法の一つです。心拍が上がる感覚。筋肉が疲労する感覚。呼吸が荒くなる感覚。これらを繰り返し経験することで、体の「信号」を読み取る能力が向上します。

身体の「有限性」を引き受ける

実存主義の哲学者マルティン・ハイデガーは、人間の存在を「死への存在」と規定しました[4]。私たちは必ず死ぬ存在であり、その有限性を引き受けることが「本来的な生き方」だと。

重い話に聞こえるかもしれません。でも、身体の有限性を意識することは、「今ここ」を大切にすることにつながります。

50歳の時の体は、30歳の時の体ではありません。70歳の時の体は、50歳の時の体ではありません。加齢に伴い、筋肉量は30代以降、年に約1%ずつ減少するとされています(サルコペニア)[5]。骨密度も低下し、関節の柔軟性も失われていく。

これは悲観的な話ではありません。事実として知っておくことが重要なのです。なぜなら、この減少は運動によって大幅に遅らせることができるからです。定期的な筋力トレーニングを行っている高齢者は、そうでない高齢者と比べて筋肉量の減少が約半分に抑えられるというデータがあります[6]。

つまり、「今動く」ことは、「未来の自分」への投資です。 5年後、10年後、20年後の自分の体は、今日の行動の結果です。

「自分を知る旅」としての運動

この連載は「運動のすすめ」ではないと、第7回で書きました。

「自分を知る旅への招待状」だと。

9年間クロスフィットを続けてきて、最も変わったのは体ではなく、「自分の体との関係」だと感じています。

以前は、体は「頭(自分)を運ぶための乗り物」でした。頭で考え、体がそれを実行する。主従関係が明確でした。

今は、体との関係がもっとフラットになっています。体が「今日は調子がいい」と伝えてくれれば、それを信じて追い込む。体が「今日は休んでほしい」と伝えてくれれば、それを尊重する。体は「乗り物」ではなく、「パートナー」になりました。

フランスの哲学者メルロ=ポンティが言ったように、「私は身体を持っているのではなく、身体として存在している」[7]。この感覚を、運動を通じて実感するようになりました。

謳歌するということ

あなたの体は、世界でたった一つです。

同じ遺伝子の組み合わせを持つ人は、一卵性双生児を除いて、この地球上に存在しません。あなたの体は、約37兆個の細胞でできており、その一つひとつが協調して「あなた」を作っている[8]。心臓は生涯で約30億回鼓動し、肺は約6億回呼吸し、脳は毎秒数百兆のシナプスで情報を処理しています。

この精巧な「作品」を、無視していいはずがありません。

「謳歌する」とは、大げさなことではありません。朝、ストレッチをして体を伸ばすこと。散歩に出て深呼吸すること。ジムでバーベルを持ち上げて、筋肉の収縮を感じること。これらすべてが、自分の体を「謳歌する」行為です。

高齢の患者さんを診ていると、「もっと若い頃に体を動かしておけばよかった」という後悔を聞くことがあります。でも同時に、80歳から水泳を始めて人生が変わったという方にもお会いします。遅すぎることはありません。でも、早すぎることもありません。

第3部を終えて

第3部では、文化、心理、哲学の視点から「なぜ動くのか」を掘り下げました。

海外と日本のフィットネス文化の違い(第41〜45回)。SNS時代の比較と、運動がもたらす「自分軸」(第46〜47回)。体力が支える心の余裕(第48回)。習慣の科学と、継続の技術(第49〜50回)。ボディイメージと、身体を作品として見る視点(第51〜52回)。そして、AI時代における身体の価値(第53〜54回)。

これらすべてに通底するメッセージは、一つです。

自分の体と向き合うことは、自分自身と向き合うことです。

次の第4部では、AI時代における身体の意味をさらに深く考えます。テクノロジーが進む時代に、なぜ「動く」ことの価値が増すのか。人間にとって「身体を持つ」とはどういうことなのか。

自分の体で生まれて、自分の体以外になれない。

だからこそ、この体を知り、この体と対話し、この体を謳歌する。

それが、「動く人が幸せそうに見える」理由の、最も深い層にあるものだと思います。

この章のポイント

  • 私たちは「身体を持つ」のではなく「身体として存在する」。一生の乗り物は一台しかない
  • 内受容感覚を鍛えることで、体との対話が深まり、生活の判断の質も上がる
  • 加齢による筋肉量低下は運動で約半分に抑えられる。今動くことは未来の自分への投資
  • 自分の体と向き合うことは、自分自身と向き合うこと。それが「動く人が幸せそうに見える」理由の最深部

参考文献 [1] Leder D. The Absent Body. University of Chicago Press, 1990. [2] Rose G. The Strategy of Preventive Medicine. Oxford University Press, 1992. [3] Craig AD. How do you feel? Interoception: the sense of the physiological condition of the body. Nat Rev Neurosci. 2002;3(8):655-666. [4] Heidegger M. Being and Time. Harper & Row, 1927/1962. [5] Cruz-Jentoft AJ, et al. Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis. Age Ageing. 2010;39(4):412-423. [6] Peterson MD, et al. Resistance exercise for muscular strength in older adults: A meta-analysis. Ageing Res Rev. 2010;9(3):226-237. [7] Merleau-Ponty M. Phenomenology of Perception. Routledge, 1945/2012. [8] Bianconi E, et al. An estimation of the number of cells in the human body. Ann Hum Biol. 2013;40(6):463-471.


この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第55回です。 前回 → 第54回「スポーツの価値は測れない」 次回から → 第4部「AI時代の身体」