「今日、調子いいな」と感じる日と、「なんかダメだな」と感じる日。その違いの原因を、あなたはどれくらい把握していますか?
「なんとなく」の正体
多くの人は、「なんとなく」で片付けています。
「なんとなく調子がいい」「なんとなくダルい」「なんとなく食欲がない」。この「なんとなく」の裏側には、必ず原因があります。昨夜の睡眠の質、一昨日の食事、ここ数日の運動量、仕事のストレス、気温の変化。体はすべてを記録し、信号として出力しています。
しかし、多くの人はその信号を受信するアンテナの感度が低い。正確に言えば、感度を「上げたことがない」のです。
でも、動き始めると変わります。体が「信号」を出していることに気づくのです。
昨夜よく眠れた日は、朝の動きが軽い。夕食を食べすぎた翌朝は、体が重い。ストレスが溜まっている週は、いつもの重量が上がらない。お酒を飲んだ翌朝は、ウォームアップの段階で息が上がる。
これが「体の解像度」です。そして、解像度は上げることができます。
インテロセプション。内臓感覚の科学
「体の信号を感じ取る能力」には、科学的な名前があります。「インテロセプション(内受容感覚)」です[1]。
インテロセプションとは、心拍、呼吸、空腹、体温、筋肉の疲労、内臓の状態など、体内からの信号を感知する能力のことです。この能力には個人差があり、鍛えることもできます。
ロンドン大学のSarah Garfinkelらの研究では、インテロセプションの能力が高い人ほど、感情の認識が正確で、意思決定の質が高く、ストレスへの対処能力が優れていることが示されています[1]。
自分の体の声を聴ける人は、人生全体のマネジメントが上手い。
興味深いのは、運動がインテロセプション能力を向上させるという研究結果です。定期的に運動している人は、心拍の自覚精度(自分の心拍数を正確に感じ取る能力)が高いことが報告されています[2]。運動中は心拍の変化、呼吸の変化、筋肉の疲労、体温の変化など、体内からの信号が大量に発生します。この「信号の洪水」を繰り返し経験することで、体内感覚のアンテナが磨かれていくのです。
第28回で書いた「体の解像度が上がる」という現象は、インテロセプション能力の向上として科学的に説明できます。
ウェアラブルデバイス。体の翻訳機
ウェアラブルデバイスの進化が、この「体との対話」を数字で見えるようにしてくれました。
Apple Watch、Oura Ring、Whoop、Garmin、Fitbit。心拍数、睡眠スコア、HRV(心拍変動)、歩数、消費カロリー、血中酸素濃度、皮膚温度。かつては医療機関でしか測れなかったデータが、日常的に取得できるようになっています。
2019年のNew England Journal of Medicineに掲載された画期的な研究では、Apple Watchが心房細動(不整脈の一種)を高精度で検出できることが実証されました[3]。419,297名の参加者という大規模研究で、ウェアラブルデバイスが「健康管理ツール」から「医療グレードの計測機器」に進化しつつあることを世界に示した研究です。
主要なウェアラブル指標とその意味を整理します。
HRV(心拍変動)
自律神経のバランスを反映する指標で、心拍のR-R間隔(拍動と拍動の間の時間)のばらつきを計測したものです。HRVが高いほど、副交感神経が優位で、体の回復力がある状態を示します。低い日は、体がまだ回復していないサイン、あるいはストレスが高い状態です[4]。
HRVは、オーバートレーニングの早期発見に特に有用です。数日間にわたってHRVが低下傾向を示している場合、体が十分に回復できておらず、トレーニング負荷を下げるべきサインである可能性があります。
安静時心拍数
体力の向上に伴い、安静時心拍数は低下していきます。トレーニングを積んだアスリートの安静時心拍数は40〜50拍/分程度ですが、一般成人は60〜80拍/分程度です。日々の変動も重要で、普段より5拍以上高い日は、体調不良やオーバートレーニングのサインかもしれません。
睡眠ステージ
Apple WatchやOura Ringは、覚醒、レム睡眠、浅いノンレム睡眠、深いノンレム睡眠の4ステージを推定できます。第30回で書いた「黄金の90分」の質を客観的に評価できるようになったのは、テクノロジーの恩恵です。
呼吸数
睡眠中の呼吸数は、一般的に12〜20回/分です。普段より高い場合は、体がまだ回復途上にあるか、何らかの体調変化のサインである可能性があります。
データリテラシー。数字に振り回されないために
ただし、数字に振り回される必要はありません。ここは強調しておきたいポイントです。
ウェアラブルデバイスの普及に伴い、「オルソソムニア(orthosomnia)」という概念が提唱されています[5]。睡眠スコアを気にするあまり、かえって睡眠に不安を感じてしまう状態です。「昨夜の睡眠スコアが70点だった。ちゃんと眠れていないのではないか」と心配し、その心配が次の夜の不眠を招く。テクノロジーが不安の種になる本末転倒の状態です。
大事なのは「傾向」です。いくつかの原則を提案します。
日々の数値ではなく、週単位のトレンドを見る。昨日より今日のHRVが低いこと自体は問題ではありません。体調は日々変動するものです。でも、1週間ずっと低下傾向なら、何かを変える必要があるかもしれない。
絶対値より相対的な変化に注目する。HRVの「正常値」は個人差が大きく、他人との比較には意味がありません。自分の過去1カ月の平均値をベースラインとして、そこからの乖離を見ることが重要です。
主観的な体感と数字を照合する。「今日は調子がいい」と感じた日のデータはどうだったか。「なんかダルい」と感じた日のデータはどうだったか。この照合を繰り返すことで、自分の体のパターンが見えてきます。数字は「体の声を翻訳してくれるツール」です。体との対話の精度を上げてくれる補助道具であって、体の声そのものではありません。
データに基づく行動修正のルールを作る。「HRVが7日間の平均から20%以上低下したら、その日は高強度トレーニングを避ける」「安静時心拍数が普段より5拍以上高い日は、リカバリーの日にする」。こうしたシンプルなルールを設定しておくと、データが実際の行動に結びつきます。
「体との対話」を仕組み化する
私は毎朝、Apple Watchの睡眠データを確認します。
深い睡眠の割合、就寝時間、心拍数の推移。トレーニングした日としなかった日で、明確に違いが出ます。運動強度と睡眠の質の関係、食事内容と翌日のコンディションの関係、ストレスレベルとHRVの関係。こうしたパターンが、数カ月のデータ蓄積で浮かび上がってきます。
この小さな確認作業が、1日の過ごし方を変えてくれます。「今日はHRVが低いから、少しペースを落とそう」「深い睡眠の割合が低かったから、今日は夕食を早めに軽く済ませよう」。そんな判断ができるようになったのは、体との対話を始めたからです。
プロアスリートの世界では、こうしたデータドリブンなコンディション管理は当たり前になっています。NBAやNFLのチームは、選手のHRV、睡眠、栄養を日々モニタリングし、トレーニング負荷を調整しています。MLBでは、睡眠コーチがチームに帯同するケースも増えています。
これと同じことが、数万円のウェアラブルデバイスで、誰にでもできるようになった。これは、健康管理の民主化とも言えるでしょう。
テクノロジーに頼りすぎない。体感を磨く
最後に、大切なことを一つ。テクノロジーは補助道具であって、体感に取って代わるものではありません。
最終的に目指すべきは、デバイスなしでも自分の体の状態を正確に感じ取れるようになることです。「今日は体が軽い」「なんか回復が足りていない気がする」「もう少し休んだ方がいい」。こうした直感が、データとおおむね一致するようになったら、インテロセプション能力が十分に高まった証拠です。
ウェアラブルデバイスは「補助輪」のようなものです。最初は数字に頼りながら体の信号の読み方を学び、やがて数字がなくても自分の状態がわかるようになる。それが理想です。
あなたの体は、毎日信号を出しています。聞いているかどうかだけです。
この章のポイント
- 「なんとなく調子がいい/悪い」の裏には必ず原因がある。体の信号を読む力は「インテロセプション(内受容感覚)」と呼ばれ、運動で鍛えられる
- ウェアラブルデバイスは体の翻訳機。HRV、安静時心拍数、睡眠ステージ、呼吸数が日常的に取得できる時代になった
- 数字に振り回されないためには、週単位のトレンドを見る、相対変化に注目する、主観と数字を照合する、行動修正ルールを作る
- 最終目標はデバイスなしで自分の状態を正確に感じ取ること。ウェアラブルは補助輪。体は毎日信号を出している
参考文献 [1] Garfinkel SN, et al. Knowing your own heart: distinguishing interoceptive accuracy from interoceptive awareness. Biol Psychol. 2015;104:65-74. [2] Herbert BM, et al. Interoception across modalities: on the relationship between cardiac awareness and the sensitivity for gastric functions. PLoS One. 2012;7(5):e36646. [3] Perez MV, et al. Large-scale assessment of a smartwatch to identify atrial fibrillation. N Engl J Med. 2019;381(20):1909-1917. [4] Shaffer F, Ginsberg JP. An overview of heart rate variability metrics and norms. Front Public Health. 2017;5:258. [5] Baron KG, et al. Orthosomnia: are some patients taking the quantified self too far? J Clin Sleep Med. 2017;13(2):351-354.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第39回です。 前回 → 第38回「三本柱は順番がある」